「無事に納品したのに、次の声がかからない」。受託開発のPMをしていて、こう感じたことはありませんか。プロジェクトの評価は悪くなかった。むしろ「助かりました」と言ってもらえた。それなのに、半年後に競合が同じ顧客の別案件を取っていた、という話は珍しくありません。
追加発注が出ない原因を「営業力の問題」と片づけてしまうと、PM側でできることが見えなくなります。実際には、受託のリピート率は営業同行PMの動き方に強く依存しています。そこで本記事では、追加発注を引き出せるPMと、納品で関係が終わってしまうPMの違いを生む「3つの観点」を解説します。
「いい仕事をしたのに次が来ない」現場で起きていること
リピートが取れないPMの現場には、よく似た景色があります。
- リリース打ち上げのあと、顧客との接点が運用窓口だけになっている
- 顧客から「また何かあればお願いします」と言われ、その言葉を真に受けている
- 翌期の話が出たときには、既に別ベンダーの提案が走っている
- 営業から「あの案件、追加ないの?」と聞かれて初めて、自分が情報を持っていないと気づく
ここで起きているのは、能力の問題ではなく観点の問題です。納品をゴールとして設計してきたPMは、案件が無事に終わった瞬間に「自分の仕事が終わった」と感じます。一方で追加発注を引き出すPMは、納品の数か月前から「次の案件の種」を意識的に拾っています。
両者の差は、突き詰めると次の3点にあります。
- 顧客の次の課題を言語化できているか
- 意思決定者との接点が残っているか
- 顧客の予算サイクルを把握しているか
この3つは営業の話に聞こえるかもしれませんが、いずれも「現場に深く入っているPMにしか拾えない情報」です。営業任せにできない理由はここにあります。
観点1:次の課題を言語化できているか
追加発注の起点は、顧客の中にある「まだ言葉になっていない課題」です。発注済みの要件は、すでに誰かが整理し終えた課題です。本当の商機は、まだ顧客自身も整理しきれていない悩みのほうにあります。
よくある失敗
- 仕様変更や追加要望を「対応済み/持ち帰り」で処理して終わらせている
- 議事録に「〇〇は別案件として検討」と書いて、そのまま放置している
- ユーザー部門の不満を「うちのスコープ外」と切り分けて、社内に共有していない
これらは、案件を健全に進める上では正しい振る舞いです。しかし、受け流した課題は次の発注の種でもあります。受け流した瞬間に、種の存在ごと忘れてしまうのが問題なのです。
PMが現場でやるべきこと
次の課題を言語化するために、PMは案件の中盤以降、意識的に「スコープ外メモ」を蓄積してください。具体的には次のようなものです。
- 顧客から出たが今回は対応しない要望
- ユーザー部門の運用上の不満
- 現行システムの構造的な弱点で、今回の改修では触れない部分
- 顧客側の体制で、今後ボトルネックになりそうな箇所
これらを案件の進行と並行してメモに残し、納品の1〜2か月前には「次に整理すべきテーマ案」として顧客と一緒に振り返ります。「今回のスコープには含めませんでしたが、運用が始まると◯◯が課題になりそうです」と切り出せるかどうかで、追加提案の確度は大きく変わります。
ここで重要なのは、提案から入るのではなく、まず問いかけることです。AIを使ってヒアリングの観点を広げるアプローチについては、AIで顧客の隠れたニーズを掘り出すPMのプロンプト術も参考になります。
観点2:意思決定者との接点が残っているか
追加発注は、ほとんどの場合、現場の運用担当者からは生まれません。運用担当者は、既存システムを安定して回すことに責任を持つ立場で、新しい投資判断の権限を持っていないからです。
それにもかかわらず、納品後のPMの接点は運用担当者に偏りがちです。リリース直後はトラブル対応で運用窓口とのやりとりが増え、決裁者層との接点は自然に薄くなります。気がつけば、最後に決裁者と話したのはキックオフだった、ということも珍しくありません。
接点が切れているサイン
- 顧客側の課長以上と、最後に直接話したのが3か月以上前
- 月次報告が「運用担当者に送って終わり」になっている
- 顧客の組織変更や人事異動の情報が、こちらに届いてこない
- 「予算の話は◯◯さんに聞いてください」と言われて、自分がその人と面識がない
これらに当てはまる場合、追加発注の入口は事実上閉じています。次の案件が動き出すころには、別ベンダーが既に意思決定者と話している可能性が高いと考えてください。
PMが現場でやるべきこと
意思決定者との接点を残すために、納品前後で次の動きを設計しておきます。
- 月次報告は決裁者層にも届く形にします。宛先を運用担当者だけにせず、決裁者層をCCに入れる。読まれなくても「届いている」状態を作る
- 完了報告会を決裁者同席で設定します。単なる成果報告ではなく、「今回の取り組みで見えた課題」を共有する場として位置づける
- 半期に1度の振り返りミーティングを提案します。運用フェーズに入っても、3〜6か月に1回は決裁者と話す場を残す
- 顧客の組織図を更新し続けます。決裁ライン・予算保有者・推進キーマンを、案件中に必ず特定しておく
ここで効くのは、「報告」ではなく「課題整理」を目的として会う設計です。報告の場は省略されやすく、課題整理の場は省略されにくい、という性質を利用します。
顧客折衝そのものに苦手意識があるPMは、顧客折衝が苦手な人が「炎上」を未然に防ぐ交渉術3選も合わせて読むと、決裁者層との対話の組み立て方が見えてきます。
観点3:予算サイクルを把握しているか
追加発注が動き出すタイミングは、顧客の予算編成サイクルにほぼ一致します。日本企業の多くは年度予算で動いているため、4月開始の会社であれば、翌年度の大まかな予算は前年の10〜12月に固まり始め、1〜2月に確定する流れが一般的です。
このサイクルを知らないと、追加提案のタイミングを毎回外すことになります。
よくある失敗
- 4月になってから「来期もよろしくお願いします」と挨拶に行く(このときには予算は確定済み)
- 提案資料を作るタイミングが、顧客の予算検討より2〜3か月遅い
- 期末ぎりぎりに駆け込みで提案し、予算が余っているかどうかに賭けている
- 顧客の決算月や予算編成月を把握していない
提案の中身が良くても、予算化のタイミングを外せば「来期の検討に入れます」と言われ、その「来期」が永遠に来ないこともあります。
PMが現場でやるべきこと
予算サイクルを押さえるために、PMはプロジェクトの早い段階で次の情報を顧客の組織情報の一部として記録しておきます。
- 顧客の決算月
- 予算編成の開始時期と確定時期
- 予算の起案部門と承認部門
- 過去の発注時期(請求書ベースで遡れる)
- 投資区分(運用予算/新規投資予算/戦略予算など)の使い分け
そのうえで、「予算編成の2〜3か月前」を提案の起点として逆算します。たとえば1月に翌年度予算が固まる顧客であれば、10〜11月には「次の課題テーマ」を顧客と一緒に整理しておく必要があります。このタイミングで決裁者と課題整理ができていれば、顧客側の予算要求書に自社のテーマが乗ります。
予算サイクルの把握は、案件中の何気ない会話でかなり集められます。「来期はどんな投資テーマが議論されているんですか」「予算化のサイクルって、御社だとどのあたりで動くんですか」といった問いを、決裁者層との会話の中で自然に挟むだけで、提案計画はかなり精度が上がります。
3点をつなぐ「顧客カルテ」という考え方
ここまでの3点、つまり「次の課題」「意思決定者」「予算サイクル」は、それぞれ単独で押さえても効果は限定的です。重要なのは、3点を1つの顧客像として更新し続けることです。
そのために有効なのが、案件単位ではなく顧客単位の「顧客カルテ」を持つ運用です。最低限、次の項目を1枚にまとめます。
- 顧客の組織図と決裁ライン
- 直近の案件履歴と発注時期
- スコープ外として持ち越した課題テーマ
- 予算編成スケジュール
- 直近で決裁者と話した日付と内容
- 競合ベンダーの動きで把握できているもの
このカルテを、案件PMと営業で共同更新する仕組みを作ると、PMが異動した場合でも顧客との関係資産が組織に残ります。受託開発企業のリピート率は、個人の関係構築力よりも、この顧客カルテが組織で運用されているかどうかで決まる側面が大きいと感じます。
ステークホルダーの整理そのものに不安があるPMは、受託開発のステークホルダーマップ|立ち上げ1週間で描く3層整理を先に読んでおくと、顧客カルテの基礎を作りやすくなります。
よくある失敗:営業任せ・運用任se・タイミング任せ
追加発注が取れないPMの動きには、3つの「任せ」が共通しています。
- 営業任せ:「次の案件は営業が取ってくる」と思い込み、自分は情報を渡すだけ
- 運用任せ:納品後の接点を運用担当者に集約し、決裁者層との関係を切ってしまう
- タイミング任せ:顧客から声がかかるのを待ち、自分から提案の起点を作らない
3つとも、悪気なく起きます。むしろ「自分の領分を守っている」つもりで起きていることが多い。だからこそ、PM側で意識的に「営業設計を半歩引き受ける」動きが必要になります。
営業同行PMが営業設計を意識できるようになると、案件のリピート率は明確に変わります。これは個人の才能というより、観点を持っているかどうかの差なのです。
まとめ:納品で終わらせないPMになるために
受託開発で既存顧客から追加発注を引き出すPMは、次の3点を意識的に動かしています。
- 次の課題の言語化:スコープ外メモを蓄積し、納品前に顧客と一緒に振り返る
- 意思決定者との接点:月次報告・完了報告会・半期振り返りを、決裁者層と直接持つ
- 予算サイクルの把握:顧客の予算編成スケジュールを記録し、2〜3か月前から逆算する
そして3点を、顧客単位のカルテとして組織で運用します。これができると、リピートは個人の頑張りに頼るのではなく、案件運営の仕組みから自然に生まれるようになります。
まず明日から始められるのは、今担当している顧客の「決算月」と「最後に決裁者と話した日付」を書き出してみることです。書き出したときに何も思い出せないなら、そこが最初に取り組むべき課題です。
次の一歩
PMが整理した「次の課題・意思決定者・予算サイクル」を、追加提案・アカウント拡張の動きにつなげるには、営業側のフレームと突き合わせて型に落とし込む必要があります。テックエイドの【IT法人営業スキル】既存顧客の深耕営業:追加提案とアカウント拡張の実務(SLS-103)では、本記事の3点動作を含む深耕営業の進め方を、ケースを使いながら体系的に学べます。
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