「このタスクの粒度で、本当に大丈夫か…?」
「抜け漏れはないだろうか…?後から致命的な作業が発覚したらどうしよう…」
「完璧な計画を作ったはずなのに、なぜか現場が動いてくれない…」
プロジェクトマネージャーとしてWBS(Work Breakdown Structure)を作成するたび、こんな不安に苛まれていませんか?
何を隠そう、これらの不安はすべて、過去の私が実際に抱えていたものです。そして、その不安が的中し、私は自ら作った「完璧なはずのWBS」によって、プロジェクトを盛大に炎上させた経験があります。
PMBOKの知識を詰め込み、誰よりも詳細なタスクリストを作った自負がありました。しかし、結果は惨憺たるもの。終わらない仕様変更、疲弊するチーム、そして顧客からの厳しい叱責…。まさに「調整地獄」でした。
しかし、その壮絶な失敗があったからこそ、机上の理論では決して語られない、現場で本当に機能するWBSの本質に辿り着くことができました。
この記事では、私の苦い失敗談を包み隠さずお話しし、そこから導き出した「炎上を防ぐWBSの作り方」のための3つの原則をあなたに共有します。この記事を読み終える頃には、あなたはWBS作成への漠然とした不安から解放され、自信を持ってチームを導くための「武器」を手に入れているはずです。
私のWBSが大炎上を引き起こした、3つの致命的な過ち
あれは、私がPMとして少し自信がつき始めた頃のプロジェクトでした。私は知識と経験を総動員し、自分史上「最高傑作」と呼べるWBSを作り上げました。しかし、皮肉にも、そのWBSこそが炎上の火種となったのです。
過ち1:『作業』で分解し、『成果物』を見ていなかった
当時の私のWBSは、動詞のオンパレードでした。「〇〇を設計する」「〇〇を実装する」「〇〇をテストする」。一見、何も問題ないように思えます。しかし、これが第一の罠でした。
「作業」でタスクを分解すると、「何をもってその作業が完了したのか」の定義が恐ろしく曖昧になります。結果、担当者ごとにアウトプットの質やレベル感がバラバラになり、後工程で「話が違う」という手戻りが多発。プロジェクトは序盤から混乱の渦に巻き込まれました。
過ち2:たった『一人』で描き、チームの総スカンを食らった
「現場のメンバーは開発に集中させてあげたい」。そんな親心(とおごり)から、私はWBSをほぼ一人で作成し、「はい、これに従って進めてください」とチームに展開しました。これが第二の、そして最も致命的な過ちでした。
現場のエンジニアから返ってきたのは、感謝の言葉ではありません。「この工数じゃ絶対に無理です」「このタスク、〇〇の考慮が抜けてますよ」「そもそも、なぜこの仕様なんですか?」。計画は初日から総スカンを食らい、私の信頼は地に落ちました。私はPMとして、チームの上に立つ独裁者になっていたのです。
過ち3:『その他・バッファ』という名のブラックホールを作った
計画段階で見積もれないタスクを、私は安易に「その他調査」「調整バッファ」といった曖昧な項目に押し込めました。これが第三の時限爆弾でした。
プロジェクトが進むにつれ、このブラックホールは「見えないタスク」をどんどん吸い込み、雪だるま式に膨れ上がりました。当初の計画は見る影もなくなり、私は毎週のように上司や顧客へスケジュールの遅延を謝罪し続けることになったのです。
なぜPMBOKだけでは現場の壁を越えられないのか
PMBOKに書かれているWBSの定義は、もちろん正しい。知識として絶対に必要です。しかし、あの教科書には、あなたが現場で直面する「人間臭い問題」の解決方法は書かれていません。
- 上司からは「細かすぎる」と指摘され、
- 部下からは「これじゃ具体的に何をするか分からない」と突き返される。
そんな「板挟み」の経験、私にも痛いほどあります。
私がキャリアをスタートさせた鉄鋼の製造現場では、工程管理のズレが文字通り「命取り」に繋がります。一つのボルトの締め忘れが、巨大なプラントの事故を引き起こす。その経験があったからこそ、ITプロジェクトにおけるWBSの「抜け漏れ」が、いかに致命的な結果(信用の失墜や事業の損失)を招くかを肌で理解しているのです。
理論だけでは、この生々しい現実の痛みは解決できません。失敗の泥沼の中から見つけ出した「生きた原則」こそが、あなたの武器になります。
失敗から生まれた「プロジェクトを成功に近づける」3つの原則
あの地獄のような炎上プロジェクトから、私が学んだWBS作成の本質。それは、以下の3つのシンプルな原則に集約されます。
原則1:『作業』ではなく『成果物』で分解せよ
WBSの各項目は、「何をするか(動詞)」ではなく、「何が出来上がるか(名詞)」で定義してください。
- 悪い例: 「ログイン画面を設計する」
- 良い例: 「ログイン画面設計書」
こうすることで、「完了の定義」が誰の目にも明確になります。「設計書」という成果物が完成し、レビューが通れば、そのタスクは完了です。これにより、担当者間の認識齟齬や手戻りを劇的に減らすことができます。WBSは「ToDoリスト」ではなく、「完成させるべき成果物の一覧」なのです。
原則2:『一人』で描かず『チーム』で描け
WBSは、PMがチームを管理するためのツールではありません。プロジェクトに関わる全員が「自分たちの計画だ」と合意形成するためのコミュニケーションツールです。
完璧な計画を一人で作り上げることを目指さないでください。まずは大枠の成果物リストだけを作り、それを持ってチームと対話するのです。「この成果物を完成させるために、どんなタスクが必要だと思う?」「この部分、何かリスクはないかな?」。
このプロセスを経ることで、タスクの抜け漏れが防げるだけでなく、チームメンバーに「この計画は自分たちで作った」という当事者意識が芽生えます。WBSは、あなたの「命令書」ではなく、チームとの「約束の証」なのです。
原則3:『見積もり』の前に『洗い出し』を完了させよ
私たちは、ついタスクを洗い出しながら「これは3日くらいかな」と工数を見積もってしまいます。これが、希望的観測を生む温床です。
必ず、「何をすべきか(WHAT)」の洗い出しと、「誰が(WHO)」「どれくらいで(HOW MUCH)」という見積もりのフェーズを完全に切り分けてください。
まずは、チーム全員で「やるべきこと」を付箋などに書き出し、網羅的に洗い出すことに全神経を集中させます。ここでは工数や担当者のことは一切考えません。そして、全てのタスクが出尽くしたと全員が納得した後に、初めてそれぞれの見積もりと担当者の割り振りを開始するのです。
この一手間が、根拠のない「えいや!」の見積もりを防ぎ、計画全体の精度を飛躍的に高めます。
まとめ:WBSは、未来を映す「地図」である
WBSの作成は、時に孤独で、不安がつきまとう作業です。しかし、今日お話しした3つの原則を意識するだけで、その役割は大きく変わります。
- 『成果物』で分解し、 ゴールを明確にする。
- 『チーム』で描き、 仲間との約束を交わす。
- 『洗い出し』を先に行い、 希望的観測を排除する。
これらは、私が大きな失敗の代償を払って手に入れた、現場の実践知です。
完璧なWBSなど存在しません。しかし、チーム全員の知恵が結集され、進むべき道が明確に示されたWBSは、どんな困難なプロジェクトにおいてもあなたとチームを守る、最も信頼できる「地図」となります。
あなたの過去の失敗は、決して無駄ではありません。それこそが、未来の成功を築くための最も価値ある資産なのです。私自身がそうであったように。

