なぜあなたの見積もりは必ず炎上するのか?元事業責任者が教える、失敗の確率を下げる「見積もりスキル」3つの視点

「この機能、来週までにいけるよね?」
「なんでこんなにバッファ取ってるの?もっと詰められるでしょ?」
「お客様はこの予算しかないって言ってるんだ。なんとかしてよ」

もしあなたが今、こんな言葉に心をすり減らしているのなら、少しだけ私の話を聞いてください。

かつての私も、あなたと全く同じでした。

ITエンジニアから成り上がったばかりの新人PM時代。技術には絶対の自信がありました。「私に任せておけば、完璧な工数見積もりができる」。そう信じて疑いませんでした。

しかし、その自信は、キャリア史上最大級のプロジェクト炎上によって、木っ端微塵に打ち砕かれます。

私が提示した「完璧な」見積もりは、純粋な開発工数だけを積み上げた、いわば「理想郷の地図」でした。レビュー、手戻り、仕様調整、数えきれないほどの会議…そういった泥臭い「見えないコスト」の存在を、完全に無視していたのです。

上司に「このバッファは何の根拠があるんだ?」と詰められ、うまく言語化できずに削られた結果、待っていたのは地獄のデスマーチ。疲弊するメンバー、遅延するスケジュール、日に日に険しくなる顧客の表情…。

あの時の無力感と後悔は、今でも鮮明に思い出せます。

あなたも、似たような経験はありませんか? なぜ、あれほど緻密に計算したはずの見積もりは、いとも簡単に崩れ去ってしまうのか。

その原因は、あなたの計算能力や経験不足ではありません。
断言します。それは、あなたが世界をたった一つの「視点」でしか見ていないからです。

この記事では、単なる3点見積もりのようなテクニック論は語りません。その代わりに、私が製造業の現場、ITエンジニア、PM、そして事業責任者というキャリアを通じて体得した、プロジェクトを炎上させないための「3つの視点」について、私の失敗談と共にお話しします。

炎上の根本原因:世界を「エンジニア視点」だけで見てしまう罠

プロジェクトの見積もりで苦しむ人の多くが、無意識に「エンジニア視点」という色眼鏡で物事を見ています。

  • 「どうやって作るか(How)」に思考が集中する
  • 純粋な開発工数を積み上げることに全力を注ぐ
  • コミュニケーションや調整といった「非生産的な時間」をコストとして見積もることに抵抗がある

これは、決して能力が低いからではありません。むしろ、技術に誠実で、優秀なエンジニアである証拠です。しかし、プロジェクトとは、コードを書くだけでは完結しません。

私が新人PM時代に大失敗したのも、まさにこの「エンジニア視点」に固執していたからでした。技術的な実現可能性だけを追求し、プロジェクトを取り巻く「人間」や「ビジネス」という要素を完全に見落としていたのです。

この視点だけでは、どんなに精緻な計算をしても、壁にぶつかる可能性が非常に高いです。なぜなら、プロジェクトの成功には、他の2つの視点が必要不可欠だからです。

炎上を鎮火する、残り2つの「炎上を避けるための視点」

では、炎上しない見積もりに必要な「PM視点」と「事業責任者視点」とは何でしょうか。

視点2:プロジェクト全体を俯瞰する「PM視点」

PMに求められるのは、実装の詳細ではなく、プロジェクト全体の「不確実性」を管理し、「合意形成」をリードすることです。

この「PM視点」で見ると、見積もりは単なる数字のリストではありません。それは、関係者との「期待値コントロール」を行い、交渉するためのコミュニケーション・ツールへと姿を変えます。

  • バッファを「交渉材料」として捉える:
    「なんとなく不安だから」というバッファは、真っ先に削られます。そうではなく、「このバッファは、〇〇というリスクに対応するためのリスク予算です。もしこの予算を削るのであれば、〇〇のリスクが顕在化した場合、納期が△日遅延することを許容していただく必要があります」と交渉する。これがPMの仕事です。
  • 「不確実性のコーン」を理解する:
    プロジェクト初期の要求が曖昧な段階で、正確な見積もりなど出せるはずがありません。この不確実性が高い状態を理解し、「現時点での見積もりは上下30%の振れ幅があります。仕様が固まるにつれて、この精度は高まっていきます」と、関係者と認識を合わせる。これこそが合意形成プロセスの第一歩です。

エンジニア視点が「点」で見るのに対し、PM視点はプロジェクトの開始から完了までを「線」で捉え、その航路を安全にナビゲートする役割を担うのです。

視点3:ビジネスの成功を見据える「事業責任者視点」

私がPMから事業責任者へと立場を変え、初めてその視点の違いに愕然とした経験があります。

ある日、私の管轄で大きな赤字案件が発生しました。現場のPMとエンジニアを呼び、私は問い詰めました。「なぜ、こんな無謀な見積もりでプロジェクトを受けたんだ?」

彼らの答えは、衝撃的なものでした。
「営業が『この予算でやりたい』と…」「経営層から『なんとしても受注しろ』と…」

現場が提出した現実的な見積もりは、ビジネスサイドの希望的観測によっていとも簡単に捻じ曲げられていたのです。この時、私は痛感しました。

見積もりとは、単なる工数計算ではない。それは、ビジネスにおける「投資判断」そのものである、と。

この「事業責任者視点」がもたらす問いは、より本質的です。

  • 「なぜ、このプロジェクトをやるのか?」
  • 「この見積もり(コスト)で、得られるリターンは見合っているか?」
  • 「このプロジェクトは、会社の事業戦略にどう貢献するのか?」

この視点を持つことで初めて、あなたは単なる「作業者」から、ビジネスの成功に責任を持つ「パートナー」へと昇華できます。顧客や上司の無茶な要求に対し、「その予算では事業として成立しません。代わりにスコープをここまで絞り、まずは最小限の価値を提供しませんか?」といった、建設的な代替案を提示できるようになるのです。

3つの視点を統合した、明日から使える「見積もりスキル」

では、これら3つの視点を、どう実践に落とし込めばいいのでしょうか。
私がそのヒントを得たのは、意外にもキャリアの原点である「製造業の現場」でした。

私が12年間在籍した大手鉄鋼メーカーでは、人命に関わるため「ありえないほどの安全マージン」を設計に組み込むのが常識でした。しかし、それはIT業界で語られる曖昧な「バッファ」とは全く異なりました。そこには、「なぜそれが必要か」を徹底的に言語化する文化があったのです。

この経験が、私の見積もりスキルを根底から変えました。

ステップ1:根拠を徹底的に「言語化」する

「なんとなく不安だから20%」といったバッファは、もうやめましょう。
すべての数字に、説明責任を持つ覚悟を決めてください。

  • リスクの言語化: 「担当者のスキル習熟度に不確実性があるため、15時間」
  • 手戻りの言語化: 「〇〇画面は顧客の意向が変わりやすいため、過去の類似案件から2回の手戻り(合計8時間)を想定」
  • 調整コストの言語化: 「他部署との連携に週2時間の定例が必要なため、期間中合計16時間」

この根拠の言語化こそが、あなたの見積もりを「感覚」から「論理」へと昇華させる第一歩です。

ステップ2:「バッファ」を戦略的な交渉材料として使う

言語化されたバッファは、強力な交渉カードになります。

「もし、この15時間分のバッファを削りたいのであれば、アサインするメンバーをジュニアからシニアに変更してください」
「もし予算が厳しいのであれば、手戻りのリスクが高いこの機能をスコープアウトしませんか?そうすれば8時間分を削減できます」

このように、バッファを「守るべきもの」ではなく「トレードオフの材料」として活用することで、建設的な議論が可能になります。

ステップ3:見積もりを「合意形成プロセス」の出発点と捉える

完璧な見積もりを一度で提示し、承認されることがゴールではありません。
あなたの提出した見積もりは、あくまで対話のたたき台です。

その数字を元に、顧客、上司、チームメンバーを巻き込み、「どこにリスクを感じるか」「何を優先し、何を諦めるか」を徹底的に議論する。その合意形成プロセスそのものにこそ、プロジェクト成功の鍵が隠されています。

まとめ:見積もりは「占い」ではなく「航海術」である

かつての私のように、見積もりで消耗しているあなたに、最後に伝えたいことがあります。

見積もりの失敗は、あなたの能力不足が原因ではありません。それは、たった一つの「エンジニア視点」という地図だけを頼りに、嵐の海へ漕ぎ出そうとしていたからです。

そこに、プロジェクト全体の航路を照らす「PM視点」と、そもそもなぜこの航海に出るのかという目的を示す「事業責任者視点」という、2つの強力な羅針盤を加えてください。

見積もりとは、未来を正確に当てる「占い」ではありません。
それは、不確実な未来という大海原を、関係者全員で乗り越えていくための高度な「航海術」なのです。

3つの視点を手に入れたあなたは、もう一方的に数字を詰められて疲弊するだけの存在ではありません。プロジェクトの成功へと導く、信頼されるナビゲーターになれるはずです。

この記事が、あなたの苦しみを終わらせる一助となることを、心から願っています。

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