技術的負債をROIで通す。PMのAI決裁プロンプト術

目次

あなたの熱意が、経営層に届かない理由

「このままではマズい…」

現場の最前線にいるあなただからこそ、技術的負債が蝕む開発速度の低下、頻発する障害、そして疲弊していく仲間たちの姿を痛いほど感じているはずです。あなたはリーダーとして、この状況を打開すべく、何度も経営会議でその深刻さを訴えてきた。

しかし、返ってくるのは「で、それは売上にどう繋がるの?」「またよく分からない技術の話か…」「もっと優先すべきことがあるだろう」という、冷ややかな反応。

正しいことを言っているはずなのに、なぜ伝わらないのか。
まるで自分の言葉が、会議室の分厚い壁に吸い込まれていくような無力感。私もかつて、エンジニアからマネジメントの道に進んだ時、全く同じ壁に何度も頭をぶつけました。

この記事は、そんな過去の私自身と、今まさに「マネジメントの壁」に苦しむあなたのために書きました。抽象的な理論ではありません。あなたが明日からすぐに使える、具体的な「武器」としてのAI活用術です。この武器を手に、技術の言葉をビジネスの言葉へ「翻訳」し、経営陣を動かしていきましょう。

あなたもやっていないか? 典型的な「伝わらない」お願い

この壁を越えようとするとき、多くの人がAIに助けを求めます。しかし、その「お願い」の仕方が、そもそも経営層に話が通じない構造と酷似しているのです。

例えば、あなたはAIにこんな風にお願いしていませんか?

【典型的な失敗例】

技術的負債について、上司に説明しないといけないので、資料作成を手伝ってほしい。

うちのシステム、最近なんだか調子が悪くて、このままだとヤバい感じがします。
たぶん、色々古くなっているのが原因だと思うんですけど…。

なので、システムを新しく作り直したい、ってことを伝えたいです。

でも、どうやって説明したら、この重要性を分かってもらえますかね?
なんかいい感じの説得資料の作り方を教えてください。

心当たりがあるかもしれません。このお願いは、一見すると状況を伝えているように見えます。しかし、これではAIから返ってくるのは、どこかの教科書に書いてあるような、当たり障りのない一般的なアドバイスだけです。あなたの会社の、あなたのチームが置かれた固有の状況を解決する力には到底なりえません。

なぜ、この「お願い」は失敗するのか

なぜ、この丁寧な「お願い」が機能しないのでしょうか。それは、あなたが経営層とのコミュニケーションで失敗する原因と全く同じです。

  1. 背景・コンテキストの欠如: 「調子が悪い」「ヤバい感じ」といった感情的で曖昧な言葉では、問題の深刻度も性質も伝わりません。ビジネスの意思決定に必要な「具体的な数字」がゼロなのです。
  2. 目的の曖昧さ: 「重要性を分かってもらいたい」という漠然とした願望では、相手(AIや経営者)は何を、どのレベルで理解すればゴールなのか判断できません。「予算獲得」という明確なゴールが設定されていません。
  3. 指示の丸投げ: 「なんかいい感じに」という指示は、思考の放棄です。相手に全ての判断を委ねてしまっては、あなたの意図を汲んだアウトプットが返ってくる可能性は極めて低いでしょう。

要するに、これは「お願い」ではなく「丸投げ」なのです。そして、AIも経営者も、丸投げされたボールを打ち返してはくれません。

解決策:AIを「優秀な経営コンサルタント」に変える魔法のテンプレート

では、どうすればいいのか。
答えは、AIを単なる「アシスタント」として扱うのをやめ、「思考のパートナー」として動かすための「設計図」を渡すことです。

以下に示すのは、私が実際にクライアントのPL(プロジェクトリーダー)に提供しているプロンプトのテンプレートです。これは、AIを「CTOを歴任した経営コンサルタント」という役割に憑依させ、あなたの代わりに技術的負債をROI(投資対効果)の観点から分析・言語化させるための、極めて強力な命令書です。

ぜひ、コピーしてあなたの状況に合わせて使ってみてください。

【コピーして使える!経営コンサルAI化プロンプト】

# あなたの役割
あなたは、数々のテクノロジー企業のCTOを歴任し、現在は技術と経営の橋渡しを専門とする経営コンサルタントです。特に、エンジニアリング組織が抱える課題を経営陣に分かりやすく伝え、戦略的な意思決定を促すことに長けています。

今回のクライアントは、急成長中のSaaS企業に勤める、エンジニア出身のプロジェクトリーダー(PL)です。彼は技術的負債の深刻さを理解していますが、そのビジネスインパクトと投資対効果(ROI)を経営陣にどう説明すればよいか、という「マネジメントの壁」に直面しています。

あなたの任務は、彼が経営会議で使用する説明資料の骨子を作成することです。以下の背景情報と入力情報に基づき、彼の立場に立って、論理的で説得力のある提案を構築してください。

# 目的
技術的負債の解消が、単なるコストではなく、将来の事業成長を加速させるための戦略的投資であることをROIの観点から経営陣に説明し、プロジェクトの承認を得るためのプレゼンテーション骨子を作成する。

# 背景
クライアントのPL、鈴木氏は、主力製品である顧客管理システム「NextCRM」の開発責任者です。NextCRMは会社の売上の8割を占める重要な製品ですが、長年の機能追加により技術的負債が深刻化しています。度重なる障害、開発速度の低下、エンジニアの疲弊といった問題が発生しており、事業の成長を阻害する要因となっています。鈴木氏は経営陣にこの問題を何度も訴えましたが、「現場の技術的な問題」として片付けられ、必要なリソースを確保できずにいます。経営陣は技術的な詳細よりも、事業への具体的な影響(売上、利益、コスト、リスク)に関心があります。

# 入力情報

*   対象システム: 主力製品 顧客管理システム「NextCRM」
*   現状の課題とビジネスインパクト:
    *   開発速度の低下: 軽微な機能追加に要する期間が、2年前の平均2週間から現在6週間に悪化。これにより、市場のニーズへの対応が遅れ、機会損失が発生している。具体的には、競合が3ヶ月前にリリースした重要機能への追随開発が未だ完了していない。
    *   品質の低下と運用コストの増大: 軽微な修正が原因で予期せぬ障害が月平均2回発生。障害対応のために、開発チームの工数の約30%が常に割かれている。これは月あたり約150時間の人件費に相当する。
    *   エンジニアの生産性とモチベーションの低下: 複雑化したコードと手動のデプロイ作業により、エンジニアは価値創造ではなく、問題の調査や調整に時間を浪費している。これが原因で、昨年は中核メンバー2名を含む3名のエンジニアが退職した。採用と再教育にかかるコストは1名あたり約500万円と試算される。
*   提案する解消プロジェクトの概要:
    *   必要な投資:
        *   期間: 6ヶ月
        *   体制: 専任エンジニア5名
        *   費用概算: 人件費3,000万円、ツール・インフラ費用200万円(合計3,200万円)

# 指示
以下のステップに従って、プレゼンテーションの骨子を作成してください。

1.  はじめに、経営陣の思考(関心事)を分析し、今回の説明で訴求すべき3つの主要な論点(例: 開発の生産性、事業リスク、将来の成長性など)を定義してください。
2.  次に入力情報を基に、技術的負債解消プロジェクトのROIを算出してください。算出にあたっては、その計算過程を明示してください。
3.  最後に、上記1と2を統合し、以下の構造でプレゼンテーションの骨子をマークダウン形式で記述してください。各項目では、聞き手である経営陣が直感的に理解できるような平易な言葉を選んでください。

# 思考の制約
*   技術的な専門用語の使用は最小限に留め、使用する場合は必ずビジネス上のメリットとセットで説明すること。
*   「コスト」や「問題」といったネガティブな言葉だけでなく、「投資」「成長機会」「競争優位性」といったポジティブな言葉を戦略的に使用すること。
*   悲観的なシナリオ(放置した場合の未来)と、楽観的なシナリオ(投資した場合の未来)を対比させて、意思決定の重要性を強調すること。
*   算出するROIの数値は、あくまで合理的な仮定に基づく試算であることを明確にすること。

# 出力形式

markdown

経営会議向け説明資料骨子:技術的負債解消による事業成長の加速

1. エグゼクティブサマリー:未来への分岐点

2. 我々が直面している「成長の壁」とその正体

3. 投資対効果(ROI)の試算:なぜ「今」投資すべきなのか

4. 2つの未来:放置した場合 vs. 投資した場合

5. 提案とネクストステップ

思考プロセスの分解:なぜ、このプロンプトは機能するのか?

先の失敗例とこの成功例、両者の違いは一体何でしょうか。それは、AIの能力を最大限に引き出すための「4つの設計思想」にあります。

  1. 役割を与える(ペルソナ設定):
    失敗例ではAIは「アシスタント」でしたが、成功例では「CTO経験者の経営コンサルタント」という明確な役割を与えています。これにより、AIは単に情報を整理するだけでなく、その専門家が持つであろう経験、知識、そして「経営者の視点」で物事を考える思考様式を模倣し始めます。
  2. 数字で語らせる(定量的コンテキスト):
    「ヤバい感じ」という曖昧な表現は、「開発期間が2週間→6週間に悪化」「工数の30%を消費」「採用コスト500万円/人」といった具体的な数値に置き換えられました。これがROI算出の「材料」になります。「Garbage In, Garbage Out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)」の原則通り、質の高いデータが、質の高い分析結果を生むのです。
  3. 思考を導く(段階的指示と思考の制約):
    「いい感じに」という丸投げをやめ、「1.論点定義 → 2.ROI算出 → 3.骨子作成」というステップでAIの思考プロセスを明確にガイドしています。さらに「専門用語を避ける」「ポジティブな言葉を使う」といった制約を与えることで、最終的なアウトプットが「経営者に伝わる」形になるよう、厳密にコントロールしているのです。
  4. ゴールを明示する(出力形式の指定):
    最後に、プレゼン骨子のテンプレートを提示することで、AIに最終成果物の「完成形」を完璧に伝えています。これにより、AIは内容の生成に集中でき、あなたが望むフォーマットで、一貫性のある高品質なアウトプットを得られる可能性が飛躍的に高まります。

このプロンプトは、AIに「何をすべきか」だけでなく「どのように考え、どう振る舞うべきか」までを教え込んでいるのです。

実践:このテンプレートをあなたの「最強の武器」にするために

このテンプレートは非常に強力ですが、さらに使いこなすためのヒントと注意点をお伝えします。

  • 「#入力情報」をあなたの現実に書き換える:
    テンプレートの核心は、あなたの状況を定量的に記述する「#入力情報」セクションです。まずはあなたのプロジェクトが抱える課題を、数値で書き出してみてください。「開発速度」「障害件数」「手戻り工数」「メンバーの残業時間」など、どんな些細なことでも構いません。数字にすることで、課題は一気に具体的になります。もし正確な数字がなくても、まずは概算で構いません。問題を「金額」に翻訳しようとする姿勢そのものが、経営者の視点に立つ第一歩です。
  • AIが生成した骨子を、あなたの言葉で磨き上げる:
    AIが出力するのは、あくまで「骨子」です。素晴らしいスタート地点ですが、最終的にそれに魂を吹き込むのはあなた自身です。AIが提案した「古い設計図で増改築を繰り返している家」といった比喩表現を、あなたのプロジェクトの実態に合わせて、より響く言葉に磨き上げてください。
  • ROIは「魔法の数字」ではないと心得る:
    忘れないでください。ROIはあくまで「合理的な仮定に基づく試算」です。会議では必ず「この数字の根拠は?」と問われます。その際に、計算ロジックを自分の言葉で自信を持って説明できるよう、AIの出力結果を鵜呑みにせず、一つ一つ吟味し、理解を深めておくことが不可欠です。

結論:あなたはもはや「作業者」ではない

技術的負債の問題が経営層に伝わらないのは、あなたの熱意が足りないからでも、経営層が技術を理解しようとしないからでもありません。ただ、使う「言語」が違っただけなのです。

今回紹介したプロンプトは、AIという強力な通訳を介して、あなたの切実な「技術の言葉」を、経営層が理解できる「ビジネス(ROI)の言葉」へと翻訳するためのツールです。

このプロセスを通じて、あなたが得るのは単なるプレゼン資料だけではありません。
曖昧な状況を定量的なデータで捉え、課題を分析し、解決策を投資対効果で語る――。これは、まさにビジネスリーダーに求められる思考そのものです。

あなたはもはや、指示された仕様通りにコードを書く「作業者」ではありません。技術的な課題を事業の成長機会へと転換し、チームとビジネスの未来を牽引する「問題解決者(ペインポイント・ソルバー)」なのです。

さあ、テンプレートを手に、会議室のドアを開けましょう。
あなたの言葉は、もう「よく分からない技術の話」ではありません。会社の未来を創る「戦略的投資の提案」なのです。

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