顧客との打ち合わせ、憂鬱になっていませんか?
「この無理な要求、どう断ればいいんだ…」
「良かれと思って進めたのに『話が違う』と言われてしまった…」
「また現場と顧客の板挟みだ…」
日々の顧客折衝で疲弊し、いつプロジェクトが炎上するかと怯えるその気持ち、痛いほどわかります。なぜなら、過去の私がまさにそうだったからです。
実は私にも、顧客の「これ、ついでにできませんか?」という一言を安請け合いし、プロジェクトを盛大に大炎上させたリアルな失敗談があります。あの時の私は、関係性を壊したくない一心で、ただの都合の良い「YESマン」でした。結果は、開発チームからの総スカン、そして取り返しのつかない納期遅延と予算超過。まさに調整地獄でした。
しかし、この大失敗と、その後のPM、そして事業責任者としての「究極の板挟み」の経験を通じて、私はある決定的な事実に気づきました。
優れた顧客折衝とは「戦って勝つ」ことではありません。顧客を「プロジェクト成功のための最強のパートナー」に変える技術なのです。
この記事では、顧客折衝が苦手な人ほど効果を発揮する、小手先のテクニックではない3つの「大原則」をお伝えします。これを読めば、あなたはもう「YESマン」を卒業し、自信を持って顧客と向き合い、プロジェクトの炎上を未然に防げるようになります。
なぜあなたの顧客折衝は「炎上」を招くのか?
多くの人が顧客折衝を「相手を言い負かす、もしくは言いくるめられる」というゼロサムゲームだと誤解しています。だからこそ、「NO」と言うことに恐怖を感じ、無理な要求を飲んでしまうのです。
しかし、その先に待っているのは、疲弊する現場、不満を募らせる顧客、そして板挟みになるあなた自身です。
考え方を変えましょう。
あなたの目的は、顧客と対立することではありません。顧客が抱えるビジネス上の課題を、プロジェクトを通じて共に解決することです。つまり、顧客は倒すべき敵ではなく、同じゴールを目指す「パートナー」なのです。
この「パートナーシップ」という視点を持つだけで、あなたの言葉も、交渉の仕方も、驚くほど変わります。これからお伝えする3つの原則は、すべてこのWin-Winの関係を築くための実践的な交渉術です。
【実践編】顧客折衝が苦手な人でも炎上を防ぐ交渉術3つの大原則
私が数々の修羅場を乗り越えてたどり着いた、プロジェクトマネジメントにおける交渉術の核心。それは以下の3つの大原則に集約されます。
原則1:『機能(What)』ではなく『目的(Why)』を共有する
「このボタンを追加してほしい」
顧客からそう言われた時、あなたはどう応じますか?
かつての私は「はい、わかりました」と即答し、要件定義書に追記していました。しかし、これこそが失敗の入り口です。
私が大手鉄鋼メーカーの製造現場にいた頃、痛感したことがあります。それは「なぜこの部品が必要か」という目的を共有しないと、全く違うものが出来上がってしまう、という事実です。これはITプロジェクトでも全く同じです。
顧客が本当に欲しかったのは「ドリル」ではなく、壁に開ける「穴」だった、という有名な比喩があります。顧客が口にする要望(What)は、あくまで課題解決の手段の一つに過ぎません。
そこで、必ずこう質問してください。
「承知いたしました。ちなみに、このボタンを追加することで、最終的にどのような課題を解決したいのでしょうか?(Why)」
この質問一つで、議論のレイヤーが「機能」から「目的」へと引き上がります。すると、「それならボタンを追加するより、こちらの既存機能を使った方が簡単でコストもかかりませんよ」といった、より本質的な提案が可能になるのです。
目的(Why)を共有することで、あなたは単なる作業者から、顧客のビジネス課題を共に解決する真のパートナーへと昇格します。
原則2:『できない理由』ではなく『制約(Constraints)』を可視化する
「できません」「無理です」
この言葉は、顧客との間に壁を作る最悪のフレーズです。
しかし、予算、リソース、時間といった「制約」は厳然として存在します。事業責任者として究極の板挟みを経験した私が学んだのは、「できない」と伝えるのではなく、「制約を共有し、選択肢を提示する」ことの重要性でした。
例えば、追加要件を依頼された際、こう伝えてみてください。
「ご要望ありがとうございます。ただ、現在我々には『予算〇〇円、開発期間〇週間』という制約があります。この制約の中でご要望を実現するには、2つの選択肢が考えられます。
A案:〇〇の機能を優先し、××は次のフェーズで対応する。
B案:追加のご予算をいただき、納期を△週間延長してすべてを実装する。
プロジェクトの成功のために、どちらの選択肢がベストか、一緒に考えさせていただけますか?」
ポイントは、「できない理由」を並べて言い訳するのではなく、期待値調整を行いながら、相手を「意思決定の当事者」に引き込むことです。
制約という名の「同じ土俵」に立つことで、顧客は「無理難題を言う人」から「限られたリソースで最善手を選ぶ仲間」へと変わります。これこそが、健全な合意形成の第一歩です。
原則3:『担当者のOK』ではなく『決定プロセス』に合意する
「担当者さんからはOKをもらったはずなのに、後から出てきた上司の一声ですべてが覆った…」
あなたにも、こんな苦い経験はありませんか?
私は過去のプロジェクトでこれをやられ、数週間の手戻りを発生させてしまいました。この失敗から学んだのは、目の前の担当者の「OK」だけを信じてはいけない、ということです。
重要なのは、プロジェクトの初期段階で、関係者全員(ステークホルダー)と「決定プロセス」そのものに合意しておくことです。
具体的には、キックオフミーティングの場で、議事録に残る形で以下の3点を確認します。
- 誰が(Who): このプロジェクトの最終意思決定者は誰ですか?
- 何を(What): デザイン、仕様、予算など、何に関する決定権を持っていますか?
- いつまでに(When): 各フェーズの意思決定は、いつまでに行う必要がありますか?
「『誰が』『いつまでに』『何を』決めるのかを最初に握っておくだけで、多くの手戻りを防ぐことにつながります」と、私は断言します。
これにより、「聞いていない」「話が違う」といった後出しのちゃぶ台返しを構造的に防ぐことができます。これはあなた自身を守るだけでなく、プロジェクト全体の進行をスムーズにするための極めて重要な実践的スキルです。
顧客は「敵」ではなく「最強のパートナー」である
今回ご紹介した3つの大原則を振り返ってみましょう。
- 目的(Why)の共有
- 制約(Constraints)の可視化
- 決定プロセスの合意
これらはすべて、顧客を「敵」や「無理を言う相手」として捉えるのではなく、「プロジェクト成功という共通のゴールを目指すパートナー」として信頼関係を築くための技術です。
この関係性が築けて初めて、あなたのプロジェクトは無駄な調整地獄から解放され、本当に価値のある仕事に集中できるようになるのです。
まとめ:交渉術は、あなたとチームを守る技術です
かつて、顧客折衝が苦手で、ただの「YESマン」だった私でも、これらの原則を愚直に実践することで、やがて顧客から「ぜひ、あなたと仕事がしたい」と名指しで言われるようになりました。
これは特別な才能ではありません。誰でも身につけられる「技術」です。
私は製造業の現場からITエンジニアに転身し、その後PM、事業責任者とキャリアを歩んできました。畑違いの現場を渡り歩いてきたからこそ断言できますが、今回お伝えした原則は、あらゆる業界・職種で通用する普遍的なものです。
明日からの顧客との打ち合わせで、まずは原則1の「Whyを問う質問」から始めてみてください。その小さな一歩が、あなたを炎上の恐怖から解放し、顧客との関係を劇的に変えるきっかけになるはずです。

